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2022-10-31

耳垂皺の病理

  • 耳たぶの皺(フランク徴候/Frank's sign)と動脈硬化の関連を検討した報告は散見されます(過去の投稿).しかし耳垂の病理学的に検討した論文はほとんど見かけません.
  • 先日たまたま "The Histological Basis of Frank's Sign" という魅力的なタイトルの研究を見つけました.あまりクリアカットな結果ではなかったようですがまとめておきます.

フランク徴候(白矢印)部分には,間質の線維化はないが筋弾性線維症を伴うコルク栓抜き様のねじれた動脈血管がある(黒矢印).A:HE染色(×200),BとC:その拡大

皺部分の組織学では末梢神経は好酸球性封入体を伴うウォーラー様の変性を示す.A:HE染色(×40),B;拡大(×400)

本論文の結語(日本語訳)
  • 我々のデータは,心筋の形態学的変化と耳たぶのしわの存在との間に有意な相関関係があることを示唆する.心不全における低酸素/再酸素化の提案されたモデルと,観察された変化の原因である耳小葉の生理学的に低い酸素飽和度と発生学的発達は,フランク徴候の発達と臨床的に観察可能な変化との相関を説明する最初のモデルである.

松下記念病院 川崎達也)

2022-10-27

"Locomotive" pulse ”機関車” 脈

CTで偶然,深部静脈血栓を指摘された症例の上腕

😋 解説
  1. 上腕動脈の力強い規則正しい拍動を視認
  2. 肘部の屈曲に伴って動脈の蛇行が明瞭化
  3. 1回拍出量の増加した大脈・速脈を反映
  4. 心エコー図で重症の大動脈弁逆流を確認

👶 深掘り
  • これは水槌脈(Water-hammer pulse),反跳脈(Bounding pulse),コリガン脈(Corrigan pulse)などと呼ばれています.最近,機関車脈Locomotive pulse)とも呼ばれていることを知りました.
  • 確かに力強い拍動は蒸気機関車のパワーを感じさせます.初めての記載はDr. Toddのようですが(The British Medical Journal Vol. 1, No. 58, Feb. 8, 1862),同論文にはDr. Toddが一体誰なのか記載がありません.
  • 論文にDr. Toddと記載するだけで皆が認識できるなんすごいと思います.予想では皮膚科学の大家でロンドン大学の初代教授 Anthony Todd Thomson(1778–1849)ですがミドルネームって変かも?

松下記念病院 川崎)

2022-10-24

心尖拍動の収縮期陥凹

慢性左心不全の症例(端座位)

🐦 解説
  • 左乳輪の下内側に明瞭な心尖拍動 ➜ 乳輪外側でなく心拡大とは言えず
  • 乳輪の上にも僅かに拍動あり ➜ 2肋間以上の拍動で心拡大の可能性あり
  • 本例の心尖拍動は脈触知や聴診との組み合わせで収縮期の陥凹と判明
  • 陥凹時間は十分に長いため抬起性の拍動(ただし本例に心肥大はなし)

🐳 ひとり言
  • 心尖拍動の収縮期陥凹(systolic retraction)は収縮性心膜炎で出現することが有名ですが,臨床現場では稀で固執すると診断を誤ります(自験例).
  • 本例にように通常の左心不全に加えて右心の反映(自験例),肥大型心筋症(自験例),慢性閉塞性肺疾患(自験例)など様々な病態で出現します.
  • 代表2疾患は限局した収縮性心膜炎と右室拡大を伴う三尖弁逆流(特に僧帽弁狭窄合併)ですが,健常者にも少しは生じると報告されています().

松下記念病院 川崎達也)

2022-10-20

新しい頸静脈負荷法:上肢挙上

慢性左不全の症例:坂道で息切れあり

🍩 解説
  • 座位で鎖骨上に内頸静脈の拍動は視認できない(中心静脈圧の高度上昇なし)
  • 吸気負荷で二峰性の陥凹が出現(静脈圧は中等度上昇:目安は9-14cm水柱)
  • 吸気負荷の中止で拍動は消失するが,左上肢の挙上で拍動が再度出現(矢印)

😗 独り言
  • 慢性期心疾患の病態評価には負荷検査が必要です(例えば負荷心電図,負荷心エコー図,負荷シンチグラフィ).最近では心臓カテーテル検査中にも負荷を行なっています(冠血流予備能比FFRなど).
  • もちろん頸静脈評価にも負荷を適応できます(当院の研究:6分間歩行負荷吸気負荷).前負荷を増やす方法は多数ありますが(蹲踞姿勢や下肢挙上,肝圧迫など),本例のように上肢挙上も簡便です.
  • 個人的な経験からは左側のみの挙上がいいと思います.右側挙上あるいは両側挙上(前負荷が倍増)では,あたりまえですが右内頸静脈の視認(特に鎖骨上窩の僅かな陥凹出現の判定)が難しくなります.

松下記念病院 川崎達也)

2022-10-17

排便時の怒責と血圧

排便時の怒責中に息切れを自覚してERに搬入されたクリニカル・シナリオ1の心不全症例を経験.おそらく排便中の怒責による血圧上昇のため慢性左心不全が悪化したのだろうと指導医は説明.しかし後で調べてみると「排便中の怒責 ➜ 血圧が常に上昇」などというシンプルな反応ではなかった 😱

👉 原則 排便時怒責に伴う血圧変化は怒責程度や体位に関わらず一定のパターン
  1. 怒責開始で血圧は上昇し最大値(バルサルバ法のI相)
  2. 怒責の持続で血圧は低下し最小値(バルサルバ法のIIa期)
  3. 怒責の終了時で血圧は再上昇(バルサルバ法のIIb期)
  4. 怒責終了後に血圧は一過性低下(バルサルバ法のIII相)
  5. その後に血圧は反跳性上昇(バルサルバ法のIV相)


🉐 関連投稿(血圧編)

※ 以前に松下ERランチカンファレンスに投稿した内容の更新版です 🎶

松下記念病院 川崎達也)

2022-10-13

頸静脈と頸動脈の組み合わせ

消化器系の悪性腫瘍の術後症例

💛 解説
  • 座位の頸部に周期的な拍動(動画の矢印) ➜ 触診で動脈性=コリガン
  • 内頸静脈の拍動なし ➜ 中心静脈圧の高度(目安 >15cm水柱)上昇なし
  • しかし吸気時や深吸気保持中には鎖骨上窩に陥凹性拍動(動画中の*)
  • 大動脈弁逆流があり,なんとか代償されている慢性心不全状態と予想
  • 実際に心エコー図で中等度の大動脈弁逆流症があり,BNP値は200台

💜 ひとり言
  • 頸部の動脈と静脈の組み合わせから,基礎心疾患とその重症度を判定できることがあります.つまり頸動脈拍動から大動脈弁疾患(逆流あるいは狭窄)や閉塞性肥大型心筋症を疑い,頸静脈拍動から心不全の有無や重症度を判定することができます.
  • この動脈と静脈の共演は今まで何度か報告してきました(自験例1自験例2自験例3).しかし目立つ方に気を取られ両者を同時に認識することは稀でしたが(個人的にはスマホの動画を見直し後で気づく),今回は診察室で診断できました 😀

松下記念病院 川崎達也)

2022-10-10

ハリソン溝 Harrison's groove (or sulcus)

  • 胸郭下縁(横隔膜の肋骨付着部に相当)の水平陥凹溝のことで,主に吸気時に出現する
  • 先天性または後天性ビタミンD欠乏症による骨石灰化障害(くる病,Rickets)などで出現
  • 命名はEdward Harrison (1766-1838)に由来/もしくはEdwin Harrison (1779-1847)?(


※ 以前に松下ERランチカンファレンスに投稿した内容の更新版です 🎶

松下記念病院 川崎達也)

2022-10-06

端座位の心尖拍動から…

弁膜症による慢性左心不全の評価目的で当院を紹介受診した症例

🐤 解説
  • 端座位で心尖拍動の最外側は左乳輪の左外側へ偏位 ➜ 心拡大の疑い
  • 乳輪下の心尖拍動は2肋間以上で観察可能(本例は3肋間)➜ 心拡大
  • 拍動は抬起性で吸気保持で少し明瞭化(ただ呼気保持でも観察可能)
  • 本例は胸部X線で心胸郭比は増加して,心エコー図で遠心性肥大あり

🐦 つぶやき
  • 心窩部にも拍動があり右室の反映と考えられます.よく見ると乳輪下の拍動(左室拍動)よりも右室拍動が少し遅れています(通常でも左室収縮は右室収縮に僅かに先行).
  • 吸気時には左室ー右室のタイムラグが拡大しているようです.おそらく吸気に伴う静脈還流の増加で右室の前負荷が増えて,収縮開始が少し遅延するのかな〜と考えます.
  • さらに吸気時に心拍数(拍動数)が低下しています.バルサルバ負荷で胸腔内圧が上昇すると心拍数は低下しますが,本例では吸気保持早期から心拍数の低下が目立ちます.
  • 吸気時(肺に酸素が多い時)には通常,心拍数が上昇します(より多くの酸素を血中に取り込むため).圧受容体を介する反応ですが,心不全例ではしばしば障害されています.


松下記念病院 川崎達也)

2022-10-03

Rachitic Rosary くる病念珠

  • Rachitic(発音:rəkítik)くる病の/Rosary(発音:róuzəri)宗教の数珠(じゅず)
  • Ca欠乏による石灰化欠如と肋軟骨関節軟骨の過成長で,肋骨骨幹端が増大した状態
  • くる病や骨軟化症,副甲状腺機能低下症などで出現して,肋骨念珠とも呼称される


👿 頭の整理
  1. なんらかの代謝異常によって発症した骨の石灰化障害のうち,成長軟骨帯閉鎖以前に発症するもの(つまり小児)をくる病(rickets),骨端線閉鎖が完了した後の病態(つまり大人)を骨軟化症(osteomalacia)と呼んでいる.
  2. ①ビタミンD欠乏性(摂取 or 日光不足),②ビタミンD依存性(遺伝性:1型=腎臓でビタミンD活性化の酵素異常/2型=ビタミンDの受容体異常),③低リン血症性(摂取不足,腸での吸収不足,腎臓での再吸収不足,血中から骨や細胞への過剰移動)に大別
  3. 英名 rickets の語源はギリシャ語の背骨を意味する rhakhis に由来している.一方,芳名のくる病は,背中が曲がる状態を表す漢字の佝僂または痀瘻からきているらしい.洋の東西を問わず背中に由来している点は興味深い.

松下記念病院 川崎達也)