命名はスコットランドの解剖学者チャールズ・ベル(Sir Charles Bell:
1774–1842)による1829年の顔面神経麻痺の3例報告(そのうち2例が特発性)(※).しかし1683年にオランダのCornelis Stalpart van der Wiel
(1620–1702)がすでに報告していたようです(※).さらに最古の医学文献は9世紀でペルシアの医師Muhammad ibn Zakariya
al–Razi(854–932 or 925)まで遡るようです(※)
ベッカーは大動脈弁逆流例で同所見を見出し(Klinische
Monatsblätter für Augenheilkunde. 1871:
380-6),翌年に21例をまとめた(Albrecht von Graefes Archiv für
Ophthalmologie 1872;18:206-6).
内頸静脈の巨大v波にも関わらず,三尖弁逆流がほとんど観察されない症例も少なからず経験します(特に開心術後症例).その理由は不明ですが,stiff LA syndromeが背後にあるためと思っています.開心術中に切開された心房がコンプライアンスを失うことは想像に難くありません.右房も含むためstiff
RA syndromeまたはstiff
atrial syndromeと呼ぶ方が正確かもしれません.